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高齢者の身体機能低下とそのリハビリテーション (4)歩行能力の低下

歩くことは体に良いのか?

歩行は生活の中の移動手段であると同時に、最も簡単で手軽な運動です。そして、体にとっても良いことが数多く報告されています。

1.定期的な歩行は体重や体脂肪を減らします。

2.HDLコレステロール(善玉コレステロール)は、血管壁に沈着したコレステロールを除去し、肝臓に運ぶ働きがあります。このことは結果として動脈硬化の予防に役立ちます。1日の歩数が多い人ほどHDLコレステロールの値が高いことが報告されています。

3.血圧の下降効果があります。

4.血糖を下げる効果があります。

5.生活習慣病を予防する効果が報告されています。
高血圧、高コレステロール血症、糖尿病と診断されるリスクを研究した報告では、ウォーキングでもジョギングと同じ程度に、健康に良いことが明らかになりました。歩くのであっても走るのであっても、エネルギー消費量が同じであれば健康への効果は同じと結論しています。

6.認知症予防に効果的か? 歩行は脳の働きを活発化し、記憶力を向上させる効果があるとされています。
ある研究では、記憶作業の後に運動をしないグループ、直後に運動するグループ、2時間後に運動するグループに分け、2日後に記憶力のテストを行った結果、それぞれのグループの記憶は79.1%、79.3%、85.2%であり、記憶作業の2時間後にウォーキングを行ったグループで記憶力が10%程度向上すると報告されています。
別の研究では、軽度認知障害を持つ人に12週間、中強度のウォーキングを行ってもらった結果、記憶力が向上していたとの報告も見られます。
また、55〜80歳の男女に1年にわたって週3回40分のウォーキング(早い歩行)を続けてもらった研究では、1年後に海馬のサイズが2%増加していたとの報告もあります。

7.脳卒中のリスクが減少すると報告されています。
米国のある研究によると、運動不足の人では、汗をかく程度の運動を週に4回以上行っている人に比べて、脳卒中のリスクが20%増加していたと報告しています。

8.睡眠の改善にウォーキングが有効。
毎日ウォーキングを行うと、概日リズムが調整されやすくなり、夜の決まった時刻に自然に眠れるようになると報告されています。
30分のウォーキングを週3回行った男性グループでは、ピッツバーグ睡眠質問票のスコアが改善されていました。

9.腸内環境のバランスが整い、免疫力が向上。

10.がんのリスクを減少させる可能性があります。
ウォーキングなどの運動を習慣にしている人はがんの発症リスクを低下させる可能性が報告されています。

11.体力や筋力の衰えを予防できます。

12.ストレスやうつ症状改善に有効とも報告されています。
ウォーキングなどのリズム運動により、セロトニンが活性化されるとされています。セロトニン神経は脳の神経細胞を活性化し、元気にする役目を持っており、ストレスに関係する神経に作用するだけでなく、平常心を保たせる役割があります。

まだまだ、研究途中のものもあり、どんな人が、どの強度のウォーキングをする必要があるかなどは結論が出ていませんが、ウォーキングなどで動いていることは体に良い効果をもたらしそうだということが見てとれます。今後の研究の蓄積により、より明確なウォーキング・エビデンスが作られることを期待しています。

日本人はどれくらい歩いているのか?

日本人の歩数は、昔に比べ減少しているとされています。世の中が便利になりすぎたためでしょうか?
厚生労働省の国民健康栄養調査によると、ここ10年で1日300歩〜400歩程度歩数が減少しているとのこと(図1)。特に高齢者では体力の衰え、病気、役割の減少などが関係しているのでしょうか?およそ5,000歩〜6,000歩となっています(図2)。
ウォーキングなどの運動による健康力向上の効果は、いくつから始めても効果があるとされているが、若いころの活動が高齢期の体力に影響を与えることも報告されているため、老後を考えると若いうちから活動を高めておく必要があります。

高齢者の歩行能力低下

高齢者の歩行(歩容)の特徴は図3のようにまとめられています。このような歩容の変化は、筋力、持久力、柔軟性、バランス機能の低下などが関係しています。

60歳あたりを過ぎると歩行速度の低下や歩幅の減少が著明になります。Portterら(1995)によると、歩行速度が0.25m/秒以下になるとADL自立度は36%に低下すると報告しています。

Immsら(1981)によると0.45〜0.53m/秒の歩行速度の人は屋内歩行レベルで転倒の可能性が高いと報告されています。
2011年米国のQuach Lらは、高齢者763名を対象に歩行速度と転倒について調査しました(18ヵ月間)。高齢者を歩行速度が速い(≧1.3m/秒)、普通速度(1.0<1.3m/秒)、やや遅い速度(0.6<1.0m/秒)、遅い速度(<0.6m/秒)の4つのグループで検討した結果、歩行の普通速度グループに比べ、遅い速度グループと速いグループで転倒リスクが高いことを報告し、歩行速度と転倒には「U」字型の関係があるとしました。また、歩行速度が遅くても速くても1年間で速度が0.15m/秒低下すると転倒リスクが高くなるとも報告しています。

軽度認知障害や認知症が進むと歩行速度が遅くなるとも言われています。
およそ0.8m/秒が一つのポイントとされています。また、アジアサルコペニアワーキンググループによるサルコペニア判定基準(2011)でも運動機能の低下に歩行速度が使用され、≦0.8m/秒がカットオフ値に用いられています。

歩行能力の評価

高齢者の歩行能力の評価は、図3の高齢者の歩行の特徴を詳細に調べれば良いのですが、臨床的に簡単に見る方法もあります。

① 歩行速度を評価する
正常か異常を判別するカットオフ値については研究者により異なります。

1) 10m歩行速度
これは10mの距離の歩行速度を計測します(通常は助走路として前後各3mを確保する)。通常は、普通の速度で歩いた時間と最大歩行速度の2つを評価します(表1)。その他のカットオフ値として屋内歩行24.6秒、屋外歩行として11.6秒、さらに通常高齢者1.0m/秒、屋外活動性の低い高齢者0.66m/秒などがあります。

2) TUG(Timed UP and Go test)
椅子から立ち上がり、3m歩行し、方向転換後、3m歩行して戻り、椅子に座るまでの時間を計測します(表1)。その他のカットオフ値として、10秒以内は異常なし、20秒以内は屋内外出が可能、さらに8.5秒以上で転倒の可能性が高まるなどがあります。

3) 5m歩行速度
10m歩行速度同様に5mの距離を何秒で歩けるか歩行速度を計測します。基準値として明確なものが見つかりませんが、転倒を判断する上でのカットオフ値はおよそ6.2秒より遅い程度と思われます。

4) 6分間歩行
これはスポーツ庁の新体力テストにも採用されている方法で、6分間でどれくらいの距離を歩けるかを計測するものです。

5) タンデム歩行
片足の親指の先にもう一方の踵をつけて歩く、いわゆるつぎ足歩行です。
Wrisleyらによると、上肢を胸の前に組んだ状態でタンデム歩行(3.6m歩行)は、ふらつかず10歩可能が正常、7〜9歩が軽度障害、4〜6歩が中等度障害、3歩以下が重度障害と評価しています。

歩くことのトピックス

①1日8,000歩、 20分の速歩きが健康のポイント
青柳幸利先生(東京都健康長寿医療センター研究所)の中之条研究によれば、1日8,000歩+1日あたり中強度の歩行(活動)20分(3METs〜5METs)は、いろいろな病気の予防に有効であると報告しています。今まで歩数のみを目安にしていたものに比べ、中強度の歩行を加えたことがポイントです。中強度の活動の目安は、もう限界の半分ほどの強さで、なんとか会話ができる程度とされています。歩行で言えば「速歩き」となります。

② インターバル速歩
能勢 博先生(信州大学学術研究院医学系教授)によるインターバル速歩も歩く強度に着目した方法です。インターバル速歩は、普通歩きとややきつい速歩きを交互に行うことで、高齢者でも安全に実施できるとしています。標準的には普通歩き(目安として時速4km程度)を3分間、そしてややきつい速歩き(時速6km程度を目安)を3分間、交互に5セット(30分間)、そして週4回ほど行います。
どちらの方法も個人の能力・体力にあわせて、身体の声に耳を傾けながら徐々に運動量を増やしていきましょう。また、転倒にも充分な注意を。

③ ソーシャル・ウォーキング
東京都健康長寿医療センターとユニ・チャームが考案した「ソーシャル・ウォーキング」は、ウォーキング(生理的アプローチ)に、目的をもって社会と触れ合うこと(認知的アプローチ)を組み合わせ、人と関わり、楽しみながら歩くことを誰もが取り組みやすいかたちにした認知症予防プログラムです。
東京都健康長寿医療センター研究所によると、外出頻度と認知機能障害の発生には関係が認められ、1日1回以上外出する人に比べ、2〜3日に1回以上の外出頻度の人では1.58倍、1週間に1回以下の外出頻度の人では3.49倍、認知機能に障害をきたすリスクが高まるとしています。地域のイベントへの参加や名所・名店探しなどで歴史や自然に触れる、趣味、旅行、ショッピングなどで外出を楽しみ、仕事や地域活動、ボランティアなどで人や社会と関わり合いをもちながらウォーキングを習慣化させることが重要としています。